トップページ

管理人の独り言                                                                                     

田舎に戻って、丸3年が過ぎました。
自給自足、晴耕雨読を夢見ての田舎暮らしを始めて、生まれて初めての畑いじりー野菜作り、猪、鹿、猿との「戦争」、罠免許の取得、獲った猪、鹿を捌き、ジビエ料理への挑戦、近所の人の好意に甘えての、畑の拡大、
自給を超える部分の販売所への出荷、集落の様々な祭り・行事への参加などなど、田舎暮らしにもようやく慣れてきたこの頃です。
熊野での「田舎暮らし」は、熊野の自然と歴史と文化の豊かさを満喫する「贅沢」の日々です。が、地方=田舎の荒廃・疲弊は歴史的に進行していることを日々、実感しています。
「農家民宿」開業は、この田舎暮らしの「贅沢」を味わって貰いたいと言うことで、また、生活の糧としてもということでした。
その中で、進行する過疎化の現実=止まらない事態を、少しでも、止められないかと思うこの頃です。
「農家民宿」というのは、ここ熊野では、山里民宿「赤倉」に次ぐ二軒目です。この「農家民宿」を一つの試みとして、都市と田舎の「交流」を実現することで、何ほどかの力になれればという思いです。
地方の疲弊、「過疎化」の問題は、ずっと、以前、昭和42年(1967年)から、問題にされてきました。その間、様々な施策が提案され、実行されてきましたが、結局、歯止めがかからないで、今や、集落の担い手がいなくなるというところまで、事態が進行しています。
戦後日本の発展が、地方からの若者を中心として、大量の都市への吸引を、また、山=林業、農業、海=漁業の衰退を不可避として、地方の荒廃を歴史的に生み出してきました。今日に至るも、抜本的な対策が無いままの進行です。
東北大震災、福島の原発事故が作りだした東北地方の人々の生活破壊の現実は、今日に至るも、膨大な人々の「仮設住宅」「避難生活」を強制したままです。この事態の根底には、地方再生の基本方針を持たない日本の政治・経済・社会の現実があります。
地方の崩壊=「過疎化」の現実に対しては、戦後日本の在り方を根底から、ひっくり返すことが求められていると痛感します。
全くの無力な個人ですが、「都市と地方=田舎の交流」のなかに、鍵があると、直感しています。
「農家民宿」を一つの場として、都市の人々に、「もう一つの生活スタイル」として、田舎暮らしが、日本全国の全ての地方で当たり前になるようになれば、事態が動くと思っています。
「農家民宿やまもと」が、ささやかな一石になればと思っています。

   なにもありません、ただただ、あるがままでのお迎えです。
   ゆっくりと、田舎暮らしを楽しんで下さい。